歯周治療とは
歯周病は、歯周組織(歯肉、歯根膜、セメント質、歯槽骨)に起こる細菌感染症です。進行すると歯を支える骨が破壊され、歯が抜け落ちてしまうこともあります。歯周病は、日本人の成人の約8割がかかっているといわれるほど 、多くの人が悩まされている病気です。また、歯周病は糖尿病や心臓疾患、脳疾患などの全身疾患にも影響を与えることが明らかになっています。
歯周病の治療法には、歯石除去や歯磨き指導などの基本的な治療から、外科手術を伴う歯周外科治療まで、さまざまなものがあります。その中でも、近年注目されているのが「歯周再生治療」です。歯周再生治療とは、歯周病によって失われた歯周組織を再生させる治療法です。
歯周治療の定義と目的
歯周治療とは、歯周病によって破壊された歯周組織を再生させる治療法です。具体的には、歯周病菌によって破壊された歯槽骨やセメント質、歯根膜などの組織を再生させ、歯周ポケットを改善することを目的としています。従来の歯周病治療では、歯周病菌の除去や炎症を抑えることが中心でしたが、歯周再生治療では、さらに進んで失われた歯周組織を再生させることで、歯周病の再発を防ぎ、歯の寿命を延ばすことを目指します。歯周組織の再生は、歯のぐらつきを抑え、歯の寿命を延ばすことにつながります。 また、他院で抜歯を宣告された歯でも、歯周再生治療によって保存できる可能性があります。
歯周治療の種類と特徴
歯周治療には、主に以下の3つの種類があります。
GTR法
GTR法(Guided Tissue Regeneration:組織再生誘導法)は、歯周組織の再生を促すために、歯周ポケットにメンブレンと呼ばれる特殊な膜を挿入する方法です。メンブレンは、歯肉などの上皮組織が歯周ポケットに入り込むのを防ぎ、歯根膜やセメント質、歯槽骨などの再生に必要な細胞が歯周ポケットに集まりやすい環境を作ります。
侵襲性
高
費用
保険適用
治療期間
数ヶ月~1年
メリット
広範囲の再生が可能
デメリット
体への負担が大きい、歯茎が下がってしまう場合がある
エムドゲイン法
エムドゲイン法は、エムドゲインゲルと呼ばれる薬剤を歯周ポケットに塗布する方法です。エムドゲインゲルは、豚の歯胚から抽出したエナメルマトリックスデリバティブを主成分とする薬剤で、歯周組織の再生を促す効果があります。エムドゲインは、溶けてしまった骨の周りの歯石や膿の袋を取り出しても、骨が再生する前に歯茎や汚れが入り込んでしまい、骨が再生するための隙間がなくなってしまいますが、エムドゲインを用いることで、余分なものが入り込む前に骨を再生させることが可能となります。
侵襲性
中
費用
自由診療
治療期間
数ヶ月
メリット
体への負担が少ない、治療期間が短い
デメリット
費用が高額、適応症例が限られる
リグロス®
リグロス®は、歯周組織の再生を促す薬剤です。主成分であるトラフェルミンは、ヒトの歯根膜から発見された成長因子で、歯周組織の再生を促す効果があります。
侵襲性
低
費用
保険適用
治療期間
3ヶ月~6ヶ月
メリット
体への負担が非常に少ない、治療期間が短い
デメリット
適応症例が限られる、効果が出るまでに時間がかかる
歯周治療のメリットとデメリット
メリット | デメリット |
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歯周組織を再生できる | 費用が高額になる場合がある |
歯の寿命を延ばすことができる | 治療期間が長くなる場合がある |
歯周病の再発リスクを低減できる | 体への負担がある |
歯のぐらつきを改善できる | 適応症例が限られる |
歯茎の退縮を改善できる | |
知覚過敏の症状を改善できる |
歯周治療を受ける際の費用や期間、注意点など
GTR法とリグロス®は保険適用になりますが、複数の歯に治療が必要な場合は総額としては負担が大きくなることがあります。
エムドゲインなどの保険適用外の薬剤や人工骨を使用した場合は、自由診療になるため歯科医院によって費用が異なります。自由診療の歯周組織再生療法の相場は、1歯あたり50,000〜100,000円です。 治療内容や範囲に応じて、1部位あたり数十万円かかることもあります。
治療期間は、症例によって異なりますが、一般的に数ヶ月から1年以上かかることがあります。
注意点としては、歯周再生治療は外科手術を伴うため、術後の痛みや腫れ、感染症などのリスクがあります。また、治療の効果には個人差があり、すべての人に効果があるわけではありません。 特に、歯周病が進行している方や喫煙者の場合、治療の成功率が低くなる傾向があります。
歯周病の治療には1年〜4年、場合によってはもっと時間がかかる場合もあります。重度であるほど、費用も高くなります。
歯周治療が適応される症例とそうでない症例
歯周再生治療が適応されるかどうかは、歯科医師の診察によって判断されます。
適応症例 | 適応されない症例 |
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重度〜中程度の歯周病で骨が溶けている | 広い範囲で歯槽骨が溶けている場合 |
他院で抜歯宣告された | 歯周病がかなり重症化している場合 |
インプラントを提案された | 水平性の骨欠損 |
歯周病の進行により歯槽骨が吸収されて歯根が露出した場合 | 歯に動揺がある場合 |
歯周病で歯茎が炎症し、膿が出て歯石が付着している | 歯ブラシや歯間ブラシなど、口腔清掃ができていない方 |
痛くて物が噛めない | タバコを吸っている人 |
垂直的骨吸収が残存 | 糖尿病や骨粗しょう症などの疾患がある |
分岐部病変 | 高血圧等の基礎疾患があるご高齢の方 |
1壁性の垂直性の骨欠損 | 手術に強い恐怖心のある方 |
歯間乳頭を温存 | |
歯周病になりにくい歯並びにしたい | |
叢生・歯周病・歯肉退縮 | |
水平的骨欠損 | |
奥歯に歯肉退縮を伴う重度の歯周病 | |
垂直的な骨吸収 |
歯周治療後のケア方法や注意点
特に、患者さんの治療後のケアや生活習慣が、歯周再生治療の成功に大きく影響します。 毎日のブラッシングや定期的なメンテナンスをきちんと行い、禁煙などの生活習慣の改善に取り組むことで、より良い治療効果を得ることができます。
毎日のブラッシング |
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歯周病菌を減らし、歯周組織の炎症を抑えるために、毎日のブラッシングが重要です。 |
ただし、手術後は手術した歯の周りを安静にし、2~4週はブラッシングもしてはいけません。 |
歯科医師の指示があるまで術部に歯ブラシを当てないようにしてください。 |
通常、術後3週間くらいすると、手術したところの歯みがきができるようになります。 |
治療箇所を歯みがきできるようになっても、ソフトブラシでやさしくみがくことです。 |
歯間ブラシは、術後1ヶ月間は使用しないでください。 |
定期的なメンテナンス |
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再生した歯周組織を維持するためには、定期的に歯科医院でメンテナンスを受ける必要があります。 |
最初は月一回程度の頻度で通院していただき、お口の中のメインテナンスを行います。 |
半年から一年ほど継続し、安定してきたら徐々に間隔を広げていきます。 |
ただし、間が空いてしまうと元に戻ってしまう可能性があるため、メインテナンスは欠かせません。 |
手術直後は、ご自分でのお口のケアはむずかしいので、週に1~2回通っていただき、診察とプロフェッショナルケアを受けていただきます。 |
また、歯肉が安定してからも、しばらくの間は月に1~2回通っていただきます。こうした術後経過の確認とお口のケアはたいへん重要です。ご予約どおりの通院をこころがけてください。 |
生活習慣の改善 |
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ストレスや睡眠不足は、歯周病の悪化要因となります。 |
規則正しい生活を心がけ、バランスの取れた食事を摂るようにしましょう。 |
喫煙は、歯周病の再発リスクを高めるため、禁煙することが望ましいです。 |
歯周病菌の好きな糖質をなるべく摂らずに、傷を早く治すタンパク質中心の食事にすること。 |
食事 |
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手術後は手術した歯の周りを安静にし、刺激のある食べ物は避けましょう。 |
ひと月くらいは手術した側と反対で咀嚼すること。 |
1週間ほどでふつうの食事ができるようになりますが、再生治療中の箇所になるべく負担をかけないよう、かたい食べ物を避け、手術した側を使わないように、治療箇所の反対側で噛んで食べるようにします。 |
当然ですが、お酒も控えましょう。 |
術後1週間はやわらかい食事 |
低刺激の流動食などをとってください |
食後は処方されるうがい薬を使用してください |
歯周治療に関する最新の研究や技術動向
歯周再生治療は、近年、さまざまな研究や技術開発が進められています。
再生医療
幹細胞を用いた再生医療は、歯周組織の再生に大きな期待が寄せられています。 特に、脂肪組織由来の幹細胞を用いた治療法は、安全性が高く、効果も期待できることから、注目されています。
細胞シート
歯根膜細胞シートを用いた歯周組織再生療法の研究では、培養ヒト歯根膜細胞シートを作製し、歯周組織の再生に有利に働く可能性があることが報告されています。 これは、細胞シートが細胞外マトリックスを温存しているためと考えられています。また、ビーグル犬の歯根膜細胞シートを人工的に作製した裂開型歯周組織欠損部に移植したところ、セメント質や歯槽骨の再生を伴う歯周組織の再生が観察され、歯周組織細胞シートの適用により歯周組織の再生が起こる可能性があることが報告されています。 現在、新たな歯周組織再生療法としての臨床応用に向けて準備が進められています。
iPS細胞
iPS細胞などの幹細胞を利用した歯周組織再生治療の開発も研究されています。iPS細胞は、さまざまな細胞に分化できる能力を持つ細胞であるため、歯周組織の再生に役立つ可能性があります。
細胞治療法
細胞治療法は、大規模な歯周組織欠損に対しても決定的な組織再生を誘導できる可能性を秘めています。これは、細胞が組織の再生に必要な成長因子やその他の物質を分泌するためと考えられています。
バイオマテリアル
生体材料を用いた歯周組織再生治療も、近年注目されています。
生体材料による歯周組織再生
生体材料で歯周組織を再生する発展的治療法が研究されています。顎骨欠損部に生体材料(人工骨)を埋め込むことで、骨と歯根膜が再生し、歯周硬軟組織の修復が可能になることが発見されました。 これにより、顎骨欠損部に隣接する天然歯根の長期保存が可能となります。 また、歯周病の進行によって失われた骨と歯根膜の再生が可能となることにより、理想的な歯周組織の回復が期待されます。
骨移植
自家骨は、歯周組織再生治療やGBR法などを行う場合に用いられる材料のゴールドスタンダードであると考えられています。しかし、採取量や採取部位などに制限があることや予期せぬ骨吸収が起こることが報告されています。
GBR法
GBR法(骨誘導再生術)は、骨の欠損部にメンブレンと呼ばれる膜を設置し、その内部に骨補填材を充填することで、骨の再生を誘導する方法です。インプラント治療の際に行われることが多く、あごの骨が不足している場合に、骨の高さや厚みを補うことでインプラントを受けられる方も増えるようになりました。
その他
細胞、成長因子、および足場の組み合わせが、歯周組織再生治療において重要であることが示唆されています。 また、骨延長を図る方法や矯正の挺出法によって骨増生を図る方法など、さまざまな技術が開発されています。
薬剤
bFGF
bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)は、強力な血管新生・歯根膜細胞増殖促進効果を発揮する薬剤です。 日本では、歯周組織再生の医薬品として承認され、臨床の場で利用されています。 今後は、bFGFに骨補填材などを組み合わせることで、より予知性の高い歯周組織再生療法を開発する研究が進められると予想されます。
BMP
BMP(骨形成因子)は、骨の形成を促進するタンパク質です。 歯周組織再生治療において、骨の再生を促進するために用いられることがあります。
FGF-2
FGF-2(塩基性繊維芽細胞増殖因子)は、さまざまな幹細胞やコラーゲンなどを造る細胞などを増殖させるだけでなく、強力に血管新生を誘導する活性を持つサイトカインです。 動物実験で、歯周病のビーグル犬にFGF-2を投与したところ、歯ぐきに骨ができていることが確認されました。
サイトカイン療法
サイトカイン療法は、特定のサイトカインを投与することで、歯周組織の再生を促す治療法です。
bFGF
遺伝子組み換えbFGFが医療機器ではなく、医薬品として承認されていることは、サイトカイン療法開発研究が一つの大きな区切りを迎えたことを示しています。
BDNF
BDNF(脳由来神経栄養因子)は、bFGFとは異なる作用機序で歯周組織再生を促す可能性があります。 BDNFは、歯肉上皮細胞のダウングロースを抑制し、歯根膜細胞などの増殖・分化を活性化するという二面的効果によって歯周組織再生を促すと考えられています。
テーラーメイド歯周組織再生療法
次世代シークエンサー技術の急速な発展に伴い、患者個人のゲノムを容易に解読可能な現在であれば、患者ごとの受容体・シグナル伝達経路の活性化パターンを事前に予測し、各人に最適なサイトカインを投与するテーラーメイド歯周組織再生療法が実現可能になるかもしれません。
レーザー治療
レーザー治療は、歯周病治療において有用な手段として認められつつあります。
Er:YAGレーザー
Er:YAGレーザーは、軟組織および硬組織の両者を効果的に蒸散することができ、発熱による組織の熱傷害が極めて軽微であるため、歯周治療において非常に有望なレーザーの一つと期待されています。
歯周病レーザー治療
高出力のレーザーを用いることで、歯周病の改善効果が期待できます。 しかし、痛みを伴うことも多いというデメリットもあります。
非外科的歯周再生療法™️
非外科的歯周再生療法™️は、切開や縫合の必要がないため、従来の外科手術に比べて、痛みや苦痛が極めて少ない治療法です。症状や個人差もありますが、麻酔も使用せずに処置ができることもあります。非外科的歯周再生療法™️を受けた方の実に9割以上の症例で歯周組織の再生が確認されております。
象牙質再生
象牙質再生は、親知らずや乳歯などの不要歯から採取した象牙質を加工し、特殊な材料に包み移植する方法です。 象牙質を再生することで、知覚過敏の症状を改善したり、歯の寿命を延ばしたりすることができます。
歯生え薬
歯生え薬は、歯の発生を抑制するタンパク質であるUSAG-1の働きを抑制することで歯の発達を促し、新しい歯が生えることを期待されている薬です。 現在はマウスやフェレットを使用した実験に成功しており、2030年の実用化を目安に研究が進められています。
その他
歯周病原性細菌に関する研究
歯周疾患の発症・進行には特定の歯周病原性細菌が関わると考えられており、これまでに侵襲性歯周炎患者の細菌叢の特徴、親子間での病原性菌感染の可能性、病的歯肉組織中の病原性菌の局在などが調べられています。また、歯周病細菌の菌体成分に対する免疫反応によって作られた抗体が自己の細胞と反応して血栓を形成する可能性や、歯周病細菌に対する免疫反応によって血管の細胞が骨芽細胞様の分化を遂げて血管の石灰化を促進する可能性について検討されています。
酸素ナノバブル水・オゾンナノバブル水
酸素ナノバブル水・オゾンナノバブル水は、直径が1mmの5000分の1ほどの目には見えない泡であり、一般的な泡と異なり、イオン類がバブル表面に凝集することにより、気泡周囲に無機質の殻を形成するsalting out効果を持つことが特徴です。 歯周病治療への応用が期待されています。
歯周治療によって、歯周病の再発を防ぎ、歯の寿命を延ばす効果が期待できます。また、歯周病が進行して歯がぐらついている場合でも、抜歯を回避できる可能性があります。しかし、歯周治療は、費用や期間、注意点など、事前にしっかりと理解しておく必要があります。治療の効果には個人差があり、すべての人に効果があるわけではありません。また、治療後のケアや生活習慣の改善も重要です。